スペシャリストインタビュー
今さらながら、「自然派ワイン」についてプロに聞きました
今やレストランからワインバー、居酒屋に至るまで、多くの店で飲むことができる「自然派ワイン」。ここ数年のうちにすっかり市民権を得て身近な存在になったが、一般的なワインと何がどう違うのだろうか? そんな素朴な疑問を、自然派ワイン専門ショップとして全国的に知られる「I.N.U.wines」代表の稲益誠さんにぶつけてみた。
「自然派ワイン」って何?
「よく聞かれるんですが、”自然派ワイン”の明確な定義はないんです」と、稲益さん。
ワイン造りは、大きくぶどうの栽培と醸造に分けられる。一般的には有機的な農法で栽培されたぶどうだけを使って、醸造する際に天然酵母で発酵させ、添加物を入れず、ろ過をしないで瓶詰めをすることなどが「自然派ワイン」の条件といわれている。
以前は酸化防止剤(亜硫酸、SO2)が入っていないものが「自然派ワイン」と思われていた節があるが、それは正確ではない。フランスの生産者団体が定めるルール「ヴァン・メトード・ナチュール」でも極少量(30ml/L)の亜硫酸添加は認められており、完全無添加のものはそれほど多くない。「要は生産者が”ヴァンナチュール”を名乗るワインが、日本の市場で””自然派ワインとして流通しているんです」。
「自然派ワイン」という言葉は、フランス語の「ヴァンナチュール」、英語の「ナチュラルワイン」を日本語に訳したものだが、その名づけ親は栃木県の酒販店「山仁」代表の大橋健一氏。2004年に著書の「自然派ワイン」を出版した、日本における第一人者だ。
「大橋さんは僕のワインの師匠ですが、”自然なワイン”ではなく”自然派ワイン”と名付けたのがミソなんですね。つまり、定義が曖昧な”ヴァンナチュール”を、”自然派”と大まかにくくったところが、日本でこの言葉が広まるきっかけになったと思います。
「ビオワイン」や「オーガニックワイン」との違い
一方で「ビオワイン」や「オーガニックワイン」という呼び方もある。これまた、「自然派ワイン」とどう違うのだろうか?
「”ビオ”や”オーガニック”というのはぶどうの農法の話で、日本語でいう”有機栽培”という意味で使われています。多くの国や地域で有機栽培の認証制度が定められていますが、そのルールはまちまちです。海外の”自然派ワイン”の生産者は有機認証を取っていないことも多いので、”ビオワイン”、”オーガニックワイン”が、イコール”自然派ワイン”というわけではありません。逆に有機栽培のぶどうを使っていても、醸造過程で添加物を使っていれば”自然派ワイン”とは呼べません。日本のレストランやワインバーで”ビオ”や”オーガニック”を謳っているところは、その辺の理解が足りていないのかもしれませんね」。
特に1980年代くらいからぶどうの栽培技術とワインの醸造技術は飛躍的に発達した。畑に農薬や肥料をまき、様々な技法や添加物を駆使することで、思い通りの味や香り、アルコール度数までも化学的に制御することが可能になった。その結果、産地ごとの土壌や気候、造り手の個性といった「テロワール」が失われてしまった。
また、飲み手側からも、アメリカのワイン評論家ロバート・パーカーJr.氏が採点する「パーカーポイント」がワイン評価の国際的な基準になり、マーケット的に世界中のワイナリーが高得点を目指すようになる。「そうした風潮に異を唱える生産者たちがフランスを中心に現れ、なるべく人の手をかけない農法や醸造法を用いて造るワインを”ヴァンナチュール”と呼ぶようになったんです。そのムーブメントが世界中に広まり、現在では日本でも”自然派ワイン”を標榜する生産者が数多くいます」。
しかし国土の狭い日本では、いくら自分の畑で使わなくても周囲から飛散してくる農薬を防ぐことはできず、完全な有機栽培を行うのは容易ではない。「農業大国のフランスをはじめとするヨーロッパでは、なるべく自然に負荷の少ない農法へ移行しつつありますが、日本ではそれらの国に比べると非常に難しいのが現状だと思います」。
福岡の「自然派ワイン」事情
福岡市の発表によると人口10万人あたりのワインバーの数は指定都市中3位で、全国でもトップクラス。さらに「自然派ワイン」専門のバーも多い印象がある。
「その要因の一つは、うち(I.N.U.wines)を含めて、”自然派ワイン”を専門的に扱う酒屋が市内に3軒もあることでしょうね(編集部注:他はとどろき酒店、ヴァンナード)。ライバル関係にある酒屋が鎬を削りながら飲食店に上質なワインを紹介してきたことで、多くの店で扱ってもらえるようになりました」。
さらに稲益さんは、こう続ける。「福岡の”自然派ワイン”を提供する飲食店は、全国的に見てもレベルが高いと思います。特にグラスワインの扱いに関しては温度をはじめ管理が行き届いていて、下手な一杯はまず出てきません。仕事柄全国のワインバーをまわりますが、東京の有名店でもビックリするほど不味いワインが出てくることがあります。福岡では、どこでも安心してグラスワインを注文することができます」。
カジュアルに気軽に飲めるのがウリだった「自然派ワイン」だが、最近は円安の影響もあり値段が高騰している。「10年前は普通に飲めていた銘柄が2倍以上することも珍しくありません。特にフランスの有名な造り手のワインは、なかなか手が出なくてなっています」と、稲益さん。そんな流れから、今後はフランス以外の生産者のワインも積極的に紹介していきたいという。
「最後に言っておきたいのは、我々は”自然派”だから売っているのではなく、おいしいと思うからオススメしているんです。いくら生産者がこだわりを持って造っていても、おいしくなければ手を出しません。これだけは、絶対に譲れないラインです。それくらい自信を持って飲食店に卸しているので、皆さんもぜひお店で飲んでみてください。きっとまた、飲みたいと思うはずですよ(笑)」。
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