万太郎の喫茶と定食ノスタルジア【10】
喫茶店が大好き過ぎて間借り営業「喫茶 銀杏の木」を始めてもうすぐ5年の篠原美波さんのお話
公開日
ライター上野万太郎
カメラマン上野万太郎

呉服町
喫茶 銀杏の木
上野万太郎
15年以上、外食写真日記的なブログ「万太郎.net」で福岡を中心とした飲食店の人々やお客さんと関わったエピソードを発信中。著書は「福岡カフェ散歩」(書肆侃侃房/2012年)、「福岡のまいにちカレー」(書肆侃侃房/2014年)。
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博多区呉服町で馬肉料理を食べさせてくれる「ひだりうま」という小料理店がある。そこの午前中を間借りして「喫茶 銀杏の木」を営業している女性が今回の主役、篠原美波さん、41歳だ。コーヒーが好き、本が好き、人が好き、というかそれが全部集まった空間である喫茶店が大好きだという女性。「シノハラミナミ」なのでみんなは彼女のことを “シノミちゃん”と呼んでいる。
そんなシノミさんは、喫茶店や自家焙煎のカフェでの勤務経験を生かして、現在は喫茶店営業をしているわけだが、彼女が何がきっかけでどんな風に喫茶店にハマっていったのか、そしてこれからはどんな夢をもっているのか、今回はそんなことを聞いてみた。
ちなみに「ロイヤルホスト」で待ち合わせしてご飯食べながらのインタビューだったのだが、その日も喫茶営業をした後だったシノミさんは、大きな袋やゴロゴロのついた旅行ケースをひきながらの登場だった。「そっか、間借り営業だから雑誌や食材などを毎回持って行ったり帰ったりしてるのね!?」「はい、これで毎日地下鉄に乗って通ってます(笑)」 そりゃ、大変だ。

感染対策のビニールカーテンがかかった開業してしばらくした頃の店内風景。
アパレル業界からのスタートだった
シノミさんは福岡市西区生まれ。服飾専門学校を卒業した後にアパレル会社で勤務したそうだ。
シノミさんー 洋服を作るという希望をもって入社したのでいつかデザインとか縫製の仕事をしたかったんですが、3年間ずっと販売員を担当してました(笑)。今思えば最初に接客業の楽しさと難しさを知れた場所でした。
― それから喫茶店やコーヒーの業界へ?
シノミさんー まだまだです。というかその頃は喫茶店には全く興味はありませんでした。喫茶店に行ったこともあまりなかったんです。仕事を辞めてから友達を頼って埼玉県に行ったんです。ちょっとの間だけお世話になろうと思ってたんですが結局一年半も居候してました(笑)
― そこで喫茶店で働いてコーヒーに興味を持ったとか?
シノミさんー いえ、まだです。夜にスーパーで働いてました。友達と3人暮らしだったため自分の部屋がなかったので、昼間は1人で図書館に行ったりしてました。本を読んだり、雑誌を見て絵を模写したり文章を書写したり、たまには公園で刺繍をしたりもしてました。文字を書いたり絵を描いたりするのが好きだったんです。そんな時に所沢市で初めて「スターバックスコーヒー」を見つけて入ったんです。そしたら居心地が良くて一人になれる場所というか図書館と同じく自分の部屋みたいな感覚で通うようになりました。
― ついに、スターバックスコーヒーでコーヒーにハマったとか?
シノミさんー いえ、全然違います(笑)。図書館で借りて来た沼田元氣さんという喫茶店好きな写真家詩人の方の本が何冊もあったんですが、沼田さんの作品は喫茶店をテーマにしたものが多かったんです。その世界感に魅せられて、それからですね、喫茶店を探して通うようになったのは。特に「喫茶店百科大図鑑 ぼくの伯父さんのスクラップブック」(著者:沼田 元氣、 編集:東京喫茶店研究所)」という本にハマって、「福岡に帰ったら喫茶店で働こう!!」と思うようになったんです。
福岡に戻ってきて喫茶店で働きだしたシノミさん
シノミさんー 25歳の頃に福岡に戻ってきたんです。喫茶店で働こうと思いアルバイトを募集している店を探したんですが、個人店ではなかなか募集してなくて半年くらい見つかりませんでした。他の単発バイトをしながら探していたら新天町にあった「銀杏の木」という喫茶店が募集している貼り紙を見つけたんです。すぐに電話したら「明日から来てください」と即決しました。働き出して思い出したんですが、学生の時に派遣バイトで2回くらい働いたことがある店でした(笑)。
― どんな喫茶店だったんですか?
新天町のアーケードの中にあった店で、ご夫婦で経営されていた老舗の喫茶店でした。ダートコーヒーの豆をブレンドした一杯だてコーヒーを提供していて軽食もありましたね。そこでフロアの担当をしながらサンドイッチなどの調理もしていました。
― コーヒーの抽出もやってたんですか?
シノミさんー いえ、コーヒーを淹れることはしませんでした。でもマスターがコーヒーを淹れてる姿はずっと見てました。豆を挽いてメジャースプーンに大盛り2杯のコーヒーをペーパードリップにセットして、きっちり3分間でドリップされるんです。よく分からないなりにその所作がいつも一定なので勝手に感心してました。
ー もう閉店されたんですよね。
そうなんです。天神地区にスターバックスやタリーズコーヒー、上島コーヒー店などの大手チェーンのカフェが進出してきてお客さんの流れが変わった時代だったんですよね。私は最後のアルバイト店員となりました。閉店最後の瞬間は今でも忘れられません。マスターご夫妻には2年間お世話になりました。
― 「銀杏の木」という店名は現在のシノミさんの店と同じ名前ですね。
シノミさんー そうなんです。私が開業する時にはマスター夫妻はもう亡くなられていたので、息子さんに許可をいただいて同じ店名を使わせていただくことになったんです。私にとって初めての喫茶店なのと、いつかまたマスター夫妻と3人で復活させたいという気持ちがあったので、この店名を使わせてもらうことにしました。


店内にはシノミさんの私物の雑誌や文庫本が置かれている
千代「タウンスクエアコーヒーロースターズ」時代
シノミさんー その後、出来たばかりの「タウンスクエアコーヒーロースターズ」(博多区千代)で働きだしました。今まで使ったことがなかったエスプレッソマシンを触ることになり、喫茶店とは違う角度からコーヒーのことをたくさん勉強できましたね。ラテアートの練習をしたり、スペシャルティコーヒーのことを知ったのもここでした。
ー 「タウンスクエアコーヒーロースターズ」には現在独立して活躍してる人も多いですね。
シノミさんー はい、仕事仲間には、現在の「コーヒーカウンティー」オーナーの森さんや江口さん、赤塚君。「タリル珈琲」のダイちゃん(稲永さん)、「suzunari coffee」のヒッキー(匹田さん)、「うちの珈琲研究所」の内野さん、「コネクトコーヒー」のアンディくん(安藤さん)、長崎「アンドバリシエ」の井出くんなどと一緒に働いてました。結局、ここでは5年間お世話になりました。

六本松「コーヒーマン」時代
シノミさんー タウンスクエアを辞めた後、自宅が近かったのでオープン間もない「コーヒーマン」に客として通ってたんですよ。ある日、マスターから「午前中のシフトに入ってくれない?」って言われたんです。え???と思ったんですが、午後からは他の喫茶店で働いていたので午前中なら働けるなぁと思い11時半までに上がるという条件で働かせてもらいました。お手伝いのつもりで入ったのに、結局4年間江口マスターの下で働きました(笑)
― 「コーヒーマン」ではどんなことを学びましたか?
シノミさんー やっぱり接客ですね。マスターはコーヒー焙煎で日本一になった人ですが、接客に対する想いがとても強い人なんです。理想が高くて厳しい人でしたけど、誰よりも一番働いてる姿を見てきました。開業間もなかった当時はほとんど寝てないんじゃないかと思うほど働かれてましたね。辞めてからのほうがマスターの気持ちが良く分かるような気がしますね。

「ひだりうま」を間借りしている「喫茶 銀杏の木」の外観
間借り「喫茶 銀杏の木」の開業へ
シノミさんー 2019年12月に「コーヒーマン」を退職して、職業訓練校で簿記を勉強したんです。ちょうどコロナ禍になりこれからどうしようかなと悩んでいた時に、知り合いだった「ひだりうま」の女将さんと話していたら、「うちの店の朝や昼を使って喫茶店したら?カウンターもあるし、座敷だけどテーブルもあるし」と提案してくれたんです。2020年11月「ひだりうま」の間借りをして「喫茶 銀杏の木」を開業することになりました。
ー 開業前は順調に準備出来ましたか?
シノミさんー とんでもないです。準備作業も大変でしたけど、オープン前日とか怖くて怖くて仕方なかったですね。世の中のすべてのお店を大リスペクトしました。特に「コーヒーマン」のマスターには「今まで偉そうなこと言ってすみません、マスター無茶苦茶すごいです!!」って改めて思いましたね。
ー コーヒー豆はやはり「コーヒーマン」焙煎のものを使うと決まってたんですか?
シノミさんー いえ、それが「コーヒーマン」のマスターと話をして豆を使わせてもらうというのが決まったのは開業の一週間くらい前だったんです。いろいろ他の店の豆も試してみたんですが、イメージに合わなくて悩んでたんです。そしたらマスターから「うちの豆を使えばいいじゃん」って言ってもらって珈琲を淹れてみたら、「やっぱりこの味だ!!」と思って納得しました。やっぱり私はマスター焙煎のコーヒーが好きなんだと再確認しました。今も「コーヒーマン」の数種類のブレンドからパンメニューやお客さんの好みによって使い分けています。
ー 食パン選びはどうでした?
シノミさんー 食パンも開業までにあちこち食べまくりましたね。一人なのでそんなに食べられなくて胃が足りない!!とか思いながら大変でした。そして「ブロートラント」のパンを食べた時に「これだ!!」と決めました。私が出したかったトーストのイメージや「コーヒーマン」のコーヒーにとても合ったんです。パンが売切れたらその日のパンメニューは終了としてます。
― コロナ禍でしたが喫茶店の営業には差し支えはなかったですか?
シノミさんー 朝からの営業でしたし、お酒もだしてないので何とか営業はできました。感染対策で店内に消毒液やクリアボードがあちこちに立てられていて大変でしたけど。
「喫茶 銀杏の木」のメニュー
「喫茶 銀杏の木」は毎朝8時から営業しており、常連客などの地元客だけでなく最近は旅行客が朝のオープン時間から集まってくる人気店になっている。僕も日曜の朝に時々伺うんだが、靴を脱いであがる和風の店内が、昭和の雰囲気を演出してくれてるようでやけに落ち着くのだ。
さて「喫茶 銀杏の木」のメニューをご紹介しよう。ちなみに基本のモーニングセットはいつも用意されているが、その他の数種類のメニューは日替わりで提供されている。まずは看板メニューのモーニングセット。一杯だてのコーヒーとバタートースト、さらにゆで卵がついて600円という有難過ぎる価格。ちなみに、オープン以来今年3月まではそれが500円だったからそれはもう客が心配するくらいだった。
そして、僕が大好きなウインナートースト。これがあるとついつい注文してしまう。


日替わりメニューは、コールスローサラダとウインナーのトースト、ピザトースト、シュガートースト、野菜トーストなどが過去には登場していた。
そして僕の好きな食べ方は、トーストを折りたたんでウインナーやゆで卵を挟んで食べるのだ。そんな風に食べるお客さんが増えてきたので最近はトーストが折りやすいように切れ目を入れてくれているそうだ。


この季節はアイスコーヒー。しっかりとした苦みがあるがそれでいて円やかな飲み心地。これからの季節には最高。

今後の夢
シノミさんー とにかく喫茶店が好きなのはずっと変わらないと思うんですよ。もちろんコーヒーも好きですが、そこに集まる人が一人で本を読んだり会話をしたり、それを全部含めた空間が好きなんですよね。
― 今後はやはり実店舗での独立を考えている?
シノミさんー もちろん目指していますよ。それと、友達と「海と波」というブランドを作ってターバンを製造販売してるんです。ゆくゆくは喫茶店と相方の夢でもある手芸店を面白い形で一緒に実現出来たらいいなぁと思っています。「コーヒー一杯から文化が生まれる喫茶店」がコンセプトなので色々な文化と出会える場所にしたいと思います。
― 最後にあらためて、シノミさんが目指す喫茶店とは?
シノミさんー ひとことで言えば“町の喫茶店”ですかね。お婆ちゃんやお爺ちゃんが気軽に来て地域社会と関われる場所。ママさんが子連れで来ても他のお客さんが子供たちと一緒に遊んでくれるような場所。ある時は老人ホームだったり、保育園だったり、公民館だったり、例えたらそんな感じですが、年齢も性別も立場も違う人たちが出会えて話せる場所、誰にとっても「あなたの町の喫茶店」でありたいと思ってます。
― 昭和の頃に近所付き合いが出来る商店街みたいなイメージですね。
シノミさんー そこでコミュニティが出来て年齢に関係なく人が人を支え合うような場所ですね。今も毎回お土産を買ってきて他のお客さんにお菓子などを配ってくれる70代のお客様がいらっしゃるんです。それをみんなも喜んでくれて交流が生まれてるんです。「毎回買って来なくて良いですよ」というんですけど、みんなが喜んでくれるのが嬉しいみたいです。そこから顔見知りになり会う度に会話が生まれるようになっています。
― となると実店舗の場所選びにも慎重になりますね。そんな人が集まることが想像しやすい地区とかね。
シノミさん― そうですね、町の喫茶店のイメージなので呉服町あたりの雰囲気はとても合うと思うので、出来れば今の場所に近い良い物件が見つかれば嬉しいです。約5年間ここに通ってますが、やっぱり博多の町は面白いなぁと日々感じています!
人が中心にいる町の喫茶店というシノミさんの理想とする喫茶店はまさに僕も一番大好きな喫茶店の姿だ。僕より20歳以上若い彼女がそういう喫茶店を理想としていることは、僕もまだまだしばらくはそんな人間臭い喫茶店ライフを楽しめると思うと嬉しくてたまらない。
昭和レトロブームということにものってそんな店を営業してくれる若い世代の人たちがもっと増えてくれると良いなと切に思うのである。シノミちゃん、頑張って~。

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店舗名
喫茶 銀杏の木(店舗写真)
ジャンル
- パン
- コーヒー
住所
福岡市博多区下呉服町4-13 トーカンマンション呉服町1階 (「ひだりうま」内)
電話番号
なし
営業時間
8:00〜L.O13:30/日曜 はL.O15:30
定休日
金・土
席数
- カウンター2席
- 座敷8席
メニュー
モーニングセット600円、ブレンドコーヒー400円、ホットカフェオーレ450円、ウインナーコーヒー480円、ソフトドリンク350円、コーヒーと半熟卵セット400円、日替わりトースト各種350円~
喫煙について
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