久山町の清流沿いで食べる、イタリア野菜の朝ごはん
朝5時半にセットしたアラームで目を覚まして、6時過ぎに家を出る。里山なら、まさに「コケコッコー!」という鳴き声が聞こえてきそうな時刻だ。少々眠たい目を擦りながら街中を抜けて都市高速に乗り、久山町にある朝食イタリアンの店「chicchi richi(キッキリッキー)」(イタリア語でコケコッコーの意味)へと向かった。
場所は久山町を流れる猪野川沿いにあり、春は桜、夏は蛍、秋は紅葉と四季折々の風情を見せる清流は、この時期新緑が目に眩しい。開店時間の7時ちょうどに店のドアを開けると、シェフであり、この店で使うすべての野菜を生産している城戸勇也さんが迎えてくれた。
城戸さんは「コーディロイカフェ」や「ピッツェリア・ダ・ガエターノ」などの飲食店を経て、5年前に生まれ故郷の久山町に自然農園「里山サポリ」を開園。自らが育てるイタリア野菜を客に直接提供する場として、今年2月にこの店をオープンした。
メニューは「朝食コース」(2,000円)のみで、7時・8時・9時から完全予約制。最初に出てくるのは、色とりどりのイタリア野菜を中心に15種類以上が盛り付けられたサラダ。味付けは天然塩とブラックペッパー、ビネガー、エキストラヴァージンオイルだけで、大地の滋養を吸収した野菜そのものの力強さを食するための料理だ。
シャキッ!、サクッ!、ポリッ! 歯茎から直接伝わってくる食感にやや遅れて味蕾で感じる甘み、酸味、苦味。それぞれの野菜の持ち味が口中で絡み合い、咀嚼して嚥下するときの悦楽。わずかなエグ味さえも個性として受けとめることができるほど、野菜だけでこれほど複雑な味が構成されるのは新鮮な驚きだ。
2品目は濃厚な味わいの初あかね人参のスープにファッロ麦の実を浮かべ、ニュージーランド産グラスフェッド牛のバターとフェンネルの爽やかな香りをプラス。さらにメイン料理も野菜が主役で、調理法を変えた2種類のカーボロネロにムール貝を合わせてオーブンで焼いたグラチネ。全3品のコースを食べ終わる頃には完全に身体が目覚め、体内に新たな気力が充実するのが感じられる。たまには早起きしてみるのも悪くないと思える朝食体験だった。
また、同じ店舗をシェアするかたちで、11時以降は蕎麦屋の「鯨家 いすず庵」が営業中。せっかく久山町まで来たからには、手打ちそばまで食べて帰りたい。
イギリス、イタリアで経験を積み、「ガエターノ」開店に参画
城戸さんが、自ら生まれ育った久山の地に自然農園「里山サポリ」を立ち上げたのは2017年。ここに至るまでには、それほど長くはないが、決して短くもない紆余曲折があった。
「とにかく外国に憧れて、高専を中退して海外に行ける仕事を探したんです」
そこで城戸さんが目を付けたのが、とあるアパレルショップ。ここで経験を積めばバイヤーとして海外に行ける道が拓けると考えて就職するが、円安の影響などで輸入が縮小となり断念。ならばと考えを切り替え、1年間アルバイトをして100万円を貯めて単身イギリスに渡った。
生活のためにロンドンのレストランでバーテンダーとして職を得た城戸さんは、そこで初めて本格的に飲食業を経験する。
「洋服屋で働いていた時は他人が作ったものを売るだけでしたが、バーやレストランでは自分たちが作るドリンクや料理でお客さんに喜んでもらえる。これは面白いと思いました」
ロンドンに1年半程滞在した後、東欧などを放浪した後に帰国。福岡に戻ると、さらに新しい出会いが待っていた。
「帰国後にカフェの勉強をしたいと思って職を探していたら、たまたま求人が出ていたのが『コーディロイカフェ』でした。入社してしばらくするとピッツァの店を出すという話が持ち上がり、知人を介して紹介されたのがイタリアでピッツァ職人として修業したトミーさん(舌間智英氏)だったんです」
舌間さんと意気投合した城戸さんはその紹介でイタリアに渡り、本場のナポリピッツァを勉強。再帰国後は舌間さんが薬院に創業した「ピッツェリア・ダ・ガエターノ」のオープニングスタッフとして参加し、その後約6年間働くことなる。
祖母からお茶の釜煎りを教わり、農業の道に傾倒
「ガエターノ」で毎日ピッツァを焼き、客と接するうちに、城戸さんにはある思いが持ち上がった。ただ料理を提供するだけでなく、その素材づくりに関わる方がより本質的なのではないか? その思いの原点は、生まれ育った久山の里山にあった。
「実家にはお茶の木が植えてあって、ばあちゃんが毎年八十八夜になると釜煎り茶を作っていたんです。その味と香りがずっと記憶に残っていて、ばあちゃんが生きているうちに継承し、残していかなくちゃいけないと思いました」
それがきっかけで自家製の釜煎り茶を作るうちに次第に農業への傾倒が深まり、自家菜園を経て本格的に就農することになる。「ガエターノ」を退職して久山町に戻り、近隣の農地を借りて「里山サポリ」の名前でイタリア野菜の栽培を始めた。
「サポリはイタリア語で味やフレーバーの意味です。自分が生まれ育った久山の”自然価値”を伝えるために、その風景が浮かぶようなネーミングの農園で、土づくりから始めました」
当初は6反ほどの畑に少品種のイタリア野菜を植え付け、「ガエターノ」をはじめとする知り合いのレストランに出荷することからスタートした。その後年々畑を広げながら栽培する野菜の種類を増やし、同じ久山町内にある「久原本家」が「茅乃舎」ブランドで製造する出汁の残りカスを有機肥料として使用するなど、循環型農業にも着手。6年目の今年は20反(約20.000㎡)の耕作地で年間100種類以上の野菜を栽培し、福岡市内を中心に約20軒の飲食店が顧客となっている。
また、「里山サポリ」を開園した翌年からイタリア野菜の無人販売所「里山マルシェ」を開設し(日曜のみ)、昨年からは伊野天照皇大神宮の駐車場でイタリア製の薪窯を設えたキッチンカー「FARM TO KITCHIN」の営業も開始(金・土・日・月曜営業 ※イベントなどがある時は休み)。自家製ピッツァやジェラートを販売するなど、飲食店だけではなく一般客向けにもチャネルを広げている。
そこには冒頭に紹介した新店舗「キッキリッキー」にも通じる、城戸さんの周到なブランディング戦略がある。
独自の循環型農業を目指して、新しいビジネスモデルを構築
「これからは農業、飲食業それぞれ単体では、なかなか立ち行かないと思っているんです」
城戸さんがそう看破するように、今後も徐々に生産年齢人口が減少し続ける我が国において、あらゆる産業の先行きは決して明るくない。そんな中で持続可能な社会を維持するための根幹となる農業を守っていくためには1次・2次・3次を融合した6次産業化への流れは必然であり、城戸さんは自らが汗をかき、土にまみれながら広げてきた農園「里山サポリ」を中核にしたビジネスモデルを構築しようとしている。
「キッチンカーやレストラン単体では利益が出なくても、自分たちが作るイタリア野菜のことを知ってもらい、出荷が増えればさらに農地を広げることができます」
城戸さんが据えるブランディングのコアは久山町の豊かな自然であり、その価値を守り、高めていくためには、さらに幅広い周囲巻き込んでいく必要があると考えている。一般的に「循環型農業」とは、農業や畜産、家庭から出る廃棄物や生ゴミなどを肥料として再利用することを指すが、城戸さんはもっと大きなサークルでの循環をイメージしている。
「食材を作る生産者とそれを使う料理人、料理を食べる消費者、さらに地域住民まで、より多くの人が”環”に加わることで、循環型の社会が実現できると思います」
久山町に響く「キッキリッキー」の鳴き声は、その始まりを告げる鬨の声でもある。
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店舗名
chicchi richi(キッキリッキー)(店舗写真)
ジャンル
- イタリア料理
住所
福岡県糟屋郡久山町猪野548-1
電話番号
営業時間
7:00〜最終入店9:00(要予約)
定休日
火・水曜
席数
- テーブル22席
- テラス6席
個室
なし
メニュー
朝食コース2,000円
喫煙について
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- ※「税別」という記載がない限り、文中の価格は税込です。
- ※掲載している料理は取材時のもので、季節や仕入れにより変更になる場合があります。
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- ※編集部の都合により撮影時にマスクをはずしていただいたり、アクリル板をはずしていただいて撮影している場合があります。
- ※掲載しているメニュー内容、営業時間や定休日等はコロナ禍ではない通常営業時のものですので、おでかけの際にはSNSや電話でご確認ください。
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