40歳からのやんわり無化調【8】
ラーメンはお客様の目の前に出した瞬間が100%。鍋とは真逆の料理。

福岡市・薬院
鍋と酒菜 はま岡
山田祐一郎
1978年福岡県生まれ。2012年8月、ウェブサイト「KIJI (キジ)」を設立し、同時に、日本で唯一(※本人調べ)のヌードルライターという肩書きで本格的に活動を開始。飲食関連の専門誌、情報誌、ウェブマガジンなどの原稿執筆に携わる。毎日新聞での麺コラム「つるつる道をゆく」をはじめ、連載多数。著書に「うどんのはなし 福岡」「ヌードルライター 秘蔵の一杯 福岡」。過去には麺検索アプリ「KIJI NOODLE SEARCH」もリリースする。「1日1麺」をモットーに、美味しい麺との出会いを求め、国内のみならず海外(台湾、タイ、イタリアなど)にも足を運んだ。日々食した麺の記録はWEBマガジン「その一杯が食べたくて。」に掲載中。2019年9月から製麺所「山田製麺」の代表も務める。
http://ii-kiji.com/
鍋料理とは別物。ラーメンは引き算の感覚で作り上げる。
無化調麺をぼくなりのペースで追い求めていく本コラム[40歳からのやんわり無化調]。前回は、福岡市中央区清川にある夜専門のラーメン店「中華そば ふくちゃん」を紹介した。
今回も同じく福岡市中央区からお届け。地下鉄・西鉄薬院駅の程近くにある「鍋と酒菜 はま岡」の暖簾をくぐる。鍋料理専門店の店主がなぜラーメンを作り続けるのか。その理由に迫る。

韓国のチゲ鍋に着想を得て生まれたという「慶州鍋」。ピリ辛の味噌スープが食欲を刺激する「鍋処 いずみ田」の名物だ。この「いずみ田」から独立し、2018年に「鍋と酒菜 はま岡」を開業したのが濱岡佳弘さん。「最終的に18年くらいお世話になりました。まさか、ずっと料理の世界に身を置くとは、あの頃の自分が知ったら驚くでしょうね」と笑う。
濱岡さんは元々、料理人になるつもりではなかったという。おいしいまかないが食べられるという文言に誘われ、飲食店でアルバイトを始めた。その後、先輩に誘われ、「いずみ田」へ。その時の出会い、自身の直感に素直に従った結果、今の濱岡さんがいるのだ。

「鍋と酒菜 はま岡」が売りとするのは、「いずみ田」の代名詞ともいえる「慶州鍋」を筆頭に、「もつ鍋」、「もつしゃぶすき」という3種類の鍋料理。これらの鍋を軸に、その時々の季節の一品料理を織り交ぜ、お客の舌を楽しませている。
そんな「はま岡」において、最近、話題を集めているのがラーメンだ。「鍋の締めに中華麺を入れるという感じではなく、正真正銘のラーメンです」という濱岡さん。ラーメンを店で提供するようになったのは、鍋の心臓ともいえる“出汁”への思いがきっかけだった。
「かれこれ10年以上にわたって鍋料理を作り続けてきた中で、出汁を引くという調理工程が一番好きなんだと自覚してきて。出汁は本当に奥が深い。ちょっとした素材のバランスとその量、火入れのタイミングなど、そういう少しの違いでガラリと変わってくるんです」

とにかくがむしゃらに、さまざまな素材、手法で出汁を引き続けてきた濱岡さん。自ずと鍋以外でも、出汁を主役にした料理を作ってみたいと考えるようになる。そして行き着いたのが、ラーメンだった。昔からラーメンが大好きだったという濱岡さんは、瞬く間にラーメンの虜になった。2018年の開業以降、少しずつ、店でラーメンを出すようになる。

「はま岡」のラーメンにおいて、ターニングポイントになったのがコロナ禍。緊急事態宣言によって不要な外出を自粛するように求められ、夜に店が開けられなくなった際、濱岡さんは空いた時間の全てをラーメンづくりの勉強に充てた。
「インターネットや書籍で学び、片っ端から出汁の引き方、その調味方法を試してみました。あの時間があったからこそ、うちのラーメンがブラッシュアップできました」

ピンチをチャンスに。濱岡さんの柔軟な発想が、ラーメンに磨きをかける。
現在、「はま岡」でランチタイムに提供するラーメンは大きく4種。醤油、塩が不動の定番。そのほか、煮干し、味噌、担々麺、カレー麺などのラーメンのうち2つの味がそこに加わる。
最初からラーメン専門店としてオープンしたわけではない。そんな中で4種類ものラーメンを毎日用意するのは大変なのではないかと尋ねると、濱岡さんは「全く、ですね。ラーメンづくりが本当に楽しくって。大変だなと思ったことは一度もありません。先日もちょっとした手術で入院し、店を1週間ほど閉めていたんですが、ベッドで横になっていても、アイデアばかりがどんどん溢れてきて、早く試したくてウズウズしていました」と会心の笑顔でこう返してくれた。


とはいえ、鍋とラーメンでは勝手が違う。ラーメンと鍋。同じように出汁を引き、スープまで楽しむ料理ではあるが、そこは似て非なるものであり、簡単にはいかない。
「壁に当たったのは、スープの在り方でした。鍋の場合、具材を入れながら煮込んでいきますよね。そうするとベースの出汁に、肉や魚、野菜からの旨みが加わり、最終的にその完成形として鍋の味となります。つまり、初めから100点満点のスープだと、煮込んでいるうちに濃くなりすぎていくんですよね。だから感覚的に80パーセントくらいの濃度でお客様に出します。その点、ラーメンはお客様の目の前に出した瞬間が100パーセントでないといけない。真逆の料理なんです」

鍋が具材による旨みを重ねる足し算の料理なら、ラーメンは主役たる麺とスープを際立たせるべく組み立てる引き算の料理ということなのだろう。鍋料理とは別物のスープが求められるラーメンづくりにおいて、それでも長年、鍋を作り続けてきた和食の料理人としての経験が生きてくる。
醤油ラーメンと塩ラーメンは元々、同じ出汁でスープを作っていたが、試行錯誤の結果、現在は変えている。醤油のほうは福岡のブランド地鶏「はかた地どり」や450日以上かけて飼育された九州産種鶏の鶏ガラを7割、九州産の豚の背ガラを3割を合わせて出汁を引き、塩のほうはこれに1割分、魚介類で引いた和出汁を加えるようにしているという。もちろん、研究熱心な濱岡さんゆえに、これらの配合も、いずれ変化していくのだろう。
「はま岡」のラーメンスープはうま味調味料不使用。濱岡さんはその理由を「元々、そういう発想がないという点に尽きますかね。長らくいずみ田さんのところで働き、経験を積んできた中で、入れないことが当たり前だったので、そうしているという感じです。出汁をしっかり引きますから、それで十分です」と教えてくれた。

塩、醤油、いずれのラーメンもスープの味に、思わず目を見開く。鶏、豚、魚介、それらの味わいが力強く、深い。余韻が長く、レンゲですくったスープを口に含むたびに、どんどん旨みが膨らんでいくような感覚をおぼえた。合わさる麺は中太ストレート。やや加水が高めに仕上げられているようで、食感がしなやか。何より、スープとの相性がよかった。冬には牡蠣、夏には冷やしラーメンといったように、四季を感じられる麺が登場する点も見逃せない。
「軸にあるのは和食ですから、ラーメンにおいても季節感を出していければと思っているんです。その時々の味なので、常連さんたちにも喜んでもらっていますよ」と濱岡さんは嬉しそうに目尻を下げた。
これらのラーメンの後に楽しめるように用意された「和え玉」はマスト。煮干し、カレー、備長炭といった食欲をそそるラインナップで、いろいろな味を気軽に試してほしいという思いからハーフサイズにも対応している。
「すっかりラーメンに魅了されてしまいましたね。レシピを考えるのが、何よりの生き甲斐になっていますから。鍋料理だとお客様との距離が遠い側面があるんですが、ラーメンは対面商売と言いますか、距離が近いですよね。お客様からの反応もダイレクトですし、もっと美味しいラーメンを作りたいという思いにも火がつきます」


備長炭の和え玉、咖喱の和え玉 ※いずれもハーフサイズ
元々、昼食時だけに出してきたラーメンだが、お客からのリクエストも多く、この春から夜営業でも提供するようになった。メニューを見せてもらうと、大きな構成こそ変わらないが、昼と全く同じラーメンが提供されているわけではないことに気付く。
「せっかく日々、出汁の研究をしているし、夜には夜に合うラーメンがあるかなと思って変えているんです。昼と同じように夜もラーメンだけでも気軽に寄ってほしいですし、おつまみも揃っていますからラーメン酒場みたいな利用も大歓迎ですよ」
濱岡さんと話していると、とにかく、今、ラーメンづくりが楽しいという思いが伝わってくる。楽しそうにしている人の料理は、食べる人の心を明るくする。

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店舗名
鍋と酒菜 はま岡(店舗写真)
ジャンル
- 日本料理
- 鍋
- もつ鍋
- ラーメン
- 麺
- 日本酒
住所
〒810-0022 福岡県福岡市中央区薬院3丁目1−16-1F
電話番号
営業時間
11:30〜13:30(LO)、17:00〜21:30(LO) ※土曜は11:30〜14:30(LO)、17:00〜20:00(LO)
定休日
日曜、祝日
席数
- カウンター4席
- テーブル16席
個室
なし
メニュー
ランチメニュー しょうゆらあめん900円、塩らあめん900円、担々麺900円、夜メニュー 中華そば(醤油、塩)1000円、煮干担々麺1000円、貝だし塩そば1000円
喫煙について
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