上野万太郎の「この人がいるからここに行く」【第16回】
天然女将がおもてなしするお箸の国のスパイス酒場
公開日
最終更新日
ライター上野万太郎
カメラマン上野万太郎
高砂
千酒万菜 うちだ産業
上野万太郎
ここ十数年間、カレー店と珈琲店やカフェを中心に年間外食はのべ1,100軒以上。本業の傍ら、外食写真日記的なブログ「万太郎.net」で福岡を中心とした飲食店の人々やお客さんと関わったエピソードを発信。著書は「福岡カフェ散歩」(書肆侃侃房/2012年)、「福岡のまいにちカレー」(書肆侃侃房/2014年)。
インスタID:mantaro_club
南区大楠のあさだ荘にあった「かもめ食堂」
大楠のあさだ荘というアパートに「かもめ食堂」という店があった。そこで“秋月の食材を使った身体が喜ぶ”をテーマにしたカレーや定食を提供していたのが今回の主人公、内田法子さんだ。あわてんぼうでおっちょこちょいで天然だけど純粋で心の優しい女性である。
“秋月の食材を使った身体が喜ぶ料理”とはどういうものか。
例えば実家のある朝倉市秋月にて、彼女のお母様が自分たちで育てた野菜や米などを週に1回軽トラックに乗ってお店まで届けてくれたものを使用していた。鶏肉は生産性よりも安全性を大事にした育て方に取り組んでいる朝倉のブランド鶏「古処鶏」を使っていた。また塩をどれだけ抑えて料理ができるかにもこだわり、カレーは1皿当たり3g以下にしていた。
このような「かもめ食堂」の料理を、僕は“のり子飯”と呼んでファンになり、週に1~2回通ったものだ。
「かもめ食堂」当時の法子さん(右から2番目)とお母様(右端)とスタッフの2人
「かもめ食堂」の閉店
ちょうどその頃、世の中のカレーブームもあり、「かもめ食堂」のカレーもご多分に漏れず注目を浴びることになる。特に週末ともなると多くの客が行列を作った。ひっそりとした住宅街にあるあさだ荘に行列が出来る光景は当時としては珍しかった。
それからしばらくした頃、45歳で良縁に恵まれ結婚した法子さん。それを機に、将来は夫婦2人でマイペースに飲食店を永くやっていきたいと思うようになったようである。そして2人が出した結論は、「“秋月の食材を使った身体が喜ぶ”をテーマにしたスパイス酒場を中央区でやろう」ということだった。そして、2017年4月「かもめ食堂」は閉店することになる。
「千酒万菜 うちだ産業」開業
「かもめ食堂」が閉店してちょうど1年後になる2018年4月、法子さんは中央区高砂に「千酒万菜 うちだ産業」というスパイス酒場を開業した。法子さんが女将と料理人、そして夫がドリンクと会計を担当。ちなみに「うちだ産業」という店名は、法子さんのお父様が長年地元で経営されていた会社の社名である。
“秋月の食材を使った身体が喜ぶ”というテーマに加えて、新たに“お箸の国のスパイス酒場”というテーマも設定し、カレーや定食だけでなくお酒に合う料理をあらたに用意した。秋月の田舎料理に優しくスパイスをアレンジした、言うなれば和印折衷料理である。
例えば、「アテ盛り」(3種780円)。日替わりで法子さんが用意したスパイスと素材が優しく絡んだ前菜盛りである。
さらに、パリパリとした生のピーマンに砂ずり入りキーマカレーをのせた「肉Pキーマ」(1ピース200円)も人気。
生地から手作りの「チーズクルチャ」(680円)は、もっちりした食感のチーズ入りの小ぶりのナンみたいなもの。これは熱々で食べるのがおススメ。
シメに注文したいカレーかけごはん(CKG)は、毎日数種類用意されているが、どれもスパイスと塩分はミニマムにして無化調無添加。使用する野菜は、もちろんお母様手作りの秋月産無農薬野菜である。
カレーかけごはん(CKG)の基本は4種類。売切れている時もあるが「出来るだけ切らさないように頑張って仕込みます」とのこと。
その他に、素材を大事にしながらお酒と合うように仕上げられた一品料理から肉や野菜のグリル、そしてカレー御膳(予約制)などがある。ちなみに僕はカレー御膳でしっかりと小鉢とカレーと味噌汁をいただくのが一番の好物だ。
「かもめ食堂」時代は週に1回野菜を届けてくれていたお母様だったが、現在は法子さんたちが、週1ペースで秋月に帰って、畑の世話をしながら収穫した野菜を持って帰ってきているそうだ。
テーブルが2つあるとは言え、カウンター中心の店内レイアウト。お酒とのり子飯を求めてやってくる法子ファンは、法子さんとのたわいもない会話と屈託のない笑顔と優しい料理に癒されて帰っていくのだ。
料理人として原点
そもそも法子さんの料理人として原点はどこなんだろう。法子さんが料理の世界に入ったのは年齢的には遅かった。それまで地元でOLをしていた彼女だったが、29歳の時に最愛のお祖母様が亡くなったのを機に人生についていろいろと考えたそうだ。そしてやりたいことをやろうと、元々興味があった料理の世界に挑戦することを決意し、福岡市南区にあった調理師学校に入学した。
法子さんが開業以来長年“秋月の食材を使った身体が喜ぶ料理”にこだわり続けているのは、この世界に入ったきっかけがお祖母様だったからなのかもしれない。
卒業後は福岡のレストランで仕事をした。彼女が特に影響を受けて今でもあこがれの店として付き合いがあるのが、中央区赤坂にある「オーガニックカフェレストランNicole」である。法子さんは31歳から7年間「Nicole」で修業した。「Nicole」では無化調のこと、素材の生産者とつながること、出汁のとり方から野菜料理に対する考え方まで多くのことを学んだという。そのことは今でものり子飯としてしっかり引き継がれていると思う。
その間、東京や大阪で食べ歩きの旅をしながら勉強したりもした。2006年には高砂にあったカレー店「スパイスロード」の高田健一郎さんが外国に行って店を休業した2ヵ月間、間借りでカレー店を営業したりもした。彼女が最初にお店を出したのはこの時だったということになる。まだまだカレーブームのカの字もない頃、間借りカレーという言葉も全くない頃の話だ。
将来について
当然ながら生計を立てるための職業として飲食店を経営している法子さんではあるが、彼女は儲けるとか稼ぐとかいう匂いがまったくしない人である。彼女にとっては、生きていくことそのものが料理をすることなのだろう。そして高価なモノを使うことでなく、良いモノを使うことが、料理をするうえで一番大事なことと考えているようだ。
そんな法子さんに将来のことを聞いてみた。
「な~~んも考えてないよ。夫婦2人で川の流れに身を任せながら、時の過ぎゆくままにやね~」と笑顔で答える。そして隣にいる夫に「ねっ、おとーさん!」と振る。夫はニヤリと照れながら微笑むだけである。
45歳同士で結婚した法子さん夫妻。今更焦ることもなく自由な生き方を求めているところが2人の絆になっているのかもしれない。末永くお幸せにね、と願うばかりである。
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店舗名
千酒万菜 うちだ産業(店舗写真)
ジャンル
- 居酒屋
- カレー
住所
福岡市中央区高砂1-18-2 高砂小路2F
電話番号
なし
営業時間
17:00~23:00(日曜 15:00~21:00)
定休日
月・火曜
席数
- カウンター7席
- テーブル8席
個室
なし
メニュー
アテ3種盛り780円、肉Pキーマ(1ピース)200円、チーズクルチャ680円、秋月野菜グリル1,350円、グリル肉と秋月野菜1,950円、カレーかけごはん(CKG)各種750円~、カレー御膳(要予約)2,500円
喫煙について
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- ※「税別」という記載がない限り、文中の価格は税込です。
- ※掲載している料理は取材時のもので、季節や仕入れにより変更になる場合があります。
- ※OSはオーダーストップの略です。
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- ※編集部の都合により撮影時にマスクをはずしていただいたり、アクリル板をはずしていただいて撮影している場合があります。
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