上野万太郎の「この人がいるからここに行く」【第13回】
安くて美味しくてボリューム満点の老舗ちゃんこ鍋屋
公開日
最終更新日
ライター上野万太郎
カメラマン上野万太郎
半道橋
ちゃんこ まる直
上野万太郎
ここ十数年間、カレー店と珈琲店やカフェを中心に年間外食はのべ1,100軒以上。本業の傍ら、外食写真日記的なブログ「万太郎.net」で福岡を中心とした飲食店の人々やお客さんと関わったエピソードを発信。著書は「福岡カフェ散歩」(書肆侃侃房/2012年)、「福岡のまいにちカレー」(書肆侃侃房/2014年)。
インスタID:mantaro_club
僕が30年近く通っているちゃんこ屋
その店は中央区春吉にあった「ちゃんこ上潮」の支店として僕が働く西月隈の事務所前にあった。安くて美味しくてボリューム満点ということで仕事終わりに同僚たちと通っていた。
元力士の“マスター”と妻の“母ちゃん”が切り盛りする店。 調理担当は物腰柔らかくいつもニコニコと優しい笑顔のマスター。対照的に元気ハツラツに明るく大きな声で店内をステージのように仕切る母ちゃんが接客を担当。そしてもう一人、今回の主人公であるひとり息子の直崇(なおたか)くんがいた。まだ5歳くらいだった彼。将来はきっと力士かなと思わせる立派な体型。マスターと母ちゃんの血をしっかり受け継いでいるのがすぐに分かった。まさに店で育てられたと言って過言ではない。
「ちゃんこ まる直」として独立開業
そんな昭和の香りが残っていたちゃんこ屋だったが、僕が通い出してしばらくした平成6年5月、道路拡幅工事による退去をきっかけに、マスターと母ちゃんは独立を決意。新しい店は「ちゃんこ まる直」と命名し博多区半道橋にオープンした。 「まる直」の「直」は直崇くんの「直」だ。
メニューは「上潮」時代のものを引き継いだ。人気のちゃんこ鍋はあっさりとした味噌味ベース。肉は鶏のすり身ともつの2種があった。常連客になると「すり身2、もつ1、ニンニクなし」といえば伝わるようなシンプルな注文方法。ボリューム満点なので3人で食べるなら2人前、4人なら3人前でちょうど良い。締めにはチャンポン麺がついてくるがご飯をもらっておじやにすることも出来る。
ちゃんこ鍋以外では、鶏のから揚げが一番の人気メニューだ。これがあるからここに来るという客もいるくらいの定番メニューで、客の約8~9割が注文する。フワフワでジューシーな食感がファンの食欲を満たす。これも3人までなら1皿注文すれば十分のボリューム。そして僕のおすすめはアジフライ。これも2尾がしっかりとサクサクに揚げられておりボリューム満点。モリモリに掛けられたタルタルソースとの相性がたまらない。
ウーロン茶を注文すると家の冷蔵庫にあるようなポットと湯呑み茶碗がドンと出される。「お茶の人は自分で注いで飲んどきぃ」と母ちゃん。なんと無料で飲み放題である。こんな調子だからよっぽどお酒を飲まない限り、お腹いっぱい食べて1人3,000円を超えることはないのだ。「こんなんじゃ儲からんやん」と聞くと「今の人は酒を飲まん人が多いけん仕方ないたい。気を使いたいなら私に飲ませてくれたら良いよ」と笑い飛ばす母ちゃん。
そうなのだ、この店で一番強烈なキャラクターの持ち主は母ちゃんである。鹿児島出身ではあるがすっかり博多弁となった大きな声で客に話しかける。「どっから来たとね?」「そげん注文しても食べ切らんけんこれくらいにしときぃ」「忙しいけん生ビールは自分でサーバーで注いで来て」「お茶がいるなら取りにきて」とか、声はデカいし客使いも荒い(笑)。初めての客でも会った途端に常連客扱い。とにかくエネルギッシュ。もう70歳過ぎとは思えないパワー。そんな母ちゃんに会いたくて長年ここにやって来る客が多いのは間違いないのだ。
大人になった一人息子の直崇くん
直崇くんと言えば、中学校、高校と親譲りの体格の良さを生かして相撲……ではなく柔道の道に進んだ。高校卒業後は柔道部監督の勧めもあり関東の大学への進学も考えたが、両親のことや店のことを考え、なるべく近くにいた方が良いと判断して熊本の大学へ進学。4年間、思う存分柔道に励んだ。しかしもちろん帰省した時は店に入りマスターの手伝いをしていた。
大学卒業後は看護助手の仕事を5年経験した。精神科の医療現場で大変な仕事を経験することにより人に対する接し方を勉強したという。直崇くんはまさに“気は優しくて力持ち”という言葉がぴったりな男だ。両親の愛情をしっかり受けて親子3人仲良く育ってきたということもあるだろうが、看護助手の仕事の影響もあったのかもしれない。
27歳の時、病院での仕事をやめて「ちゃんこ まる直」に入り、マスターの仕事を手伝いながら本格的に調理の仕事を覚えていった。僕が直崇くんとよく話すようになったのはこの頃からだ。あの幼児がこんなに立派になって両親の店を手伝い始めるなんて、何かしら感慨深いものがあった。
「直崇はマスターと母ちゃんに優しいよね」と聞くと「甘やかされて何不自由なく育ててくれたので感謝してます。家族3人ですからね、そこでツッパってても仕方ないですよね」と答える。
大きな転機
2年前、直崇くんがすっかり仕事を覚えてきた頃だった。COVID-19禍の中、マスターが病に倒れた。その頃には調理担当として一人でも仕事をこなしていた直崇くんだったが、さすがに状況が急変したし、精神的なプレッシャーも半端なかった。
丁度COVID-19の影響で営業的にも苦しい時だったので、母ちゃんと今後のことをいろいろと話したという。店は続けられるのか。閉店してテイクアウト専門店にするか、通信販売だけにするのか、それともから揚げ屋になるか。選択肢はあるがどれもリスクがある話だ。結局のところ、長年応援してくれているお客さんのためにも出来るところまではもう少し今のまま頑張ろうということになったそうだ。
直崇くんの覚悟
話は20年くらい遡るが、ランチ営業をしていた時期もあった。毎日日替わりメニューで定食が出されていたが、月曜日だけはカレーの日だった。マスターが作る肉の旨味がしっかり溶けこんだ昭和感のある懐かしい味のカレーが美味しかった。
最近直崇くんが「万太郎さん、マスターのカレー食べてたんですよね?」と聞いてきた。 「何回かあるよ」「今度作ってみるので食べてみてくれます?」と言う。断る理由はなかった。もちろん比較ができるほど僕にもはっきりとした味の記憶はなかったが、美味しいに決まっていた。というか実際食べてみると、記憶を越えた美味しいカレーだった。この復刻カレーはマスターの跡を継いで「ちゃんこまる直」を背負っていこうとする直崇くんの覚悟の表れだと僕は勝手に解釈した。
客目線で見るとすっかり一人前の料理人になった直崇くんだが、本人に聞いてみると「まだまだですよ。マスターの味には追いつきません」という。数年前から直崇くんが作っているちゃんこを食べているけど実際はそんなことはない。本人は納得していないようだが、昔と変わらず美味しいのだ。しかしそれだけマスターのことをリスペクトしているのだろう。それはまだ伸びしろがあるということで今後が楽しみである。
直崇くんに 「将来はどうするの? 独り身では店は大変だろう」と誘い水を出してみると「嫁さんをもらってマスターたちのように夫婦で楽しく仲良く店を続けて行けたら良いですね」と答える。
こんな感じで「ちゃんこ まる直」は元気一杯の母ちゃんと気は優しいが力持ちの花嫁募集中の2代目が作る安くて美味しくてボリューム満点のちゃんこが食べられるお店。是非ともお試しください。 直崇、頑張れ。
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店舗名
ちゃんこ まる直(まるなお)(店舗写真)
ジャンル
- 鍋
住所
福岡市博多区半道橋1-17-32
電話番号
営業時間
17:00~OS21:30
定休日
火
席数
- 座敷70席
メニュー
すり身ちゃんこ1,580円、豚バラちゃんこ1,580円、もつちゃんこ1,680円、唐揚げ880円、アジフライ660円、小鉢 全品500円(小鉢は1人1品注文必須)
喫煙について
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- ※OSはオーダーストップの略です。
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- ※編集部の都合により撮影時にマスクをはずしていただいたり、アクリル板をはずしていただいて撮影している場合があります。
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