福岡グルメトリビア〜ン【1】

今は昔「チョコレートショップ」の行列の先にあったのはカレーだった

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ライタークイッターズ福岡(チカラ)

昔のチョコレートショップ外観

クイッターズ福岡(チカラ)

ライターが自腹で本気にレビューする福岡のレストラン情報サイトの執筆チーム。福岡を拠点に活動するライター集団「チカラ」のメンバーが中心になって、2016年から記事を寄稿。http://quitters.jp/

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 1942年に創業した福岡初のチョコレート専門店「チョコレートショップ」の前には、お昼時になると行列ができていた。しかし、お客はチョコレートを買いに来たのではない。店内に足を踏み入れると漂うスパイスの香り……そう、お目当てはカレーだ。今から半世紀以上も前のことである。
 ショコラトリーの先駆者として全国にその名を知られる「チョコレートショップ」が、店に併設された18席のカフェでカレーを提供し始めたのは1969年頃のことだった。エビカレーとハンバーグカレーの2種類で、1皿800円。材料や手間を惜しまないことから、この時代としてはかなり強気な価格だった。一口目には甘味を感じ、だんだんキレの良い辛みが広がるふくよかな味わいのカレーは、クチコミですぐに人気に火が付いた。昼も夜も満席が続き、毎日のように訪れるお客もいたという。
 人気を不動のものにしたのは、全国誌が企画した福岡特集だ。「カレーのおいしいチョコレート屋さん」として掲載されたことで、近隣だけでなく県外からもお客が訪れ、1日60皿を完売。週末は閑散としているビジネス街にも関わらず、日曜も店を開けるほど盛況だった。創業者の佐野源作さんが亡くなった1990年には、店の年間売上約4000万円のうち、半分をカレーが占めるようになっていた。
 しかしなぜ、チョコレート専門店がカレーを出し始めたのか。現オーナーシェフの佐野隆さんは「店を続けていくための、苦肉の策だったんです」と、当時を振り返る。

チョコレートショップ創業者

 戦時中に日本では珍しいチョコレート専門店として産声を上げたものの、とにかく商品が売れなかった。店で販売していたトリュフは一粒100円。コッペパンが1個15円、ショートケーキやコーヒーが
30円の時代だ。帝国ホテルで働き、ヨーロッパで修業した源作さんが、味わいにも品質にも自信を持って世に送り出した一品ではあったものの、買っていくのは進駐軍のアメリカ人がほとんどだった。
 しかも、素材にこだわって防腐剤や添加物を一切使わなかったため、足も早かった。買って2週間もたてばカビが生えるのは当然なのに、「もう、カビが生えたぞ」と怒るお客もいた。世の中が大量生産、大量消費の流れに変わりつつあるなか、チョコレートショップのものづくりへの姿勢は、なかなか浸透しない。母や姉が働きに出て家計を支え、佐野家の食卓にはいつも売れ残ったチョコレートが並び、そしてとうとう、店は存続の危機を迎えてしまった。

昔のチョコレートショップ外観

 チョコレートが売れない。いつ売れるようになるのかもわからない。しかし、人生を賭けて始めた専門店だ。やめるわけにはいかなかった。どうするか……と思案し、源作さんがホテルの料理人として働いていた時に作っていたカレーを出すことにした。_
 菓子店だから、ケーキや焼き菓子を売るという手もあった。ホテルにいた頃、源作さんは料理もデザートも手がけていたからだ。だが、チョコレート専門店にこだわり、頑なに他の菓子を手がけることはなかった。パティシエではなく、ショコラティエでありつづける。そのプライドで出されたカレーだった。
  「この仕込みが本当に大変でした」と隆さん。一斗炊きの鍋にカレー粉、小麦粉を入れて炒め、まる1日煮込んだ肉や野菜、フルーツからとるスープを合わせて、焦げないようにひたすら木べらでかきまぜる。さらにゴーダチーズやアーモンドプードルなどを加え、2~3時間煮詰めてとろみの出たルウを裏ごししたら、ようやく完成だ。隆さんはこの仕込みを中学生の頃から任され、学校から帰ると厨房に立つのが日課だった。
 カレーが評判となり、チョコレートも少しずつ売れるようになってきたところに転機が訪れる。スイスで修業をしたのち実家に戻り、父の背中を追って職人の道を歩んでいた隆さんが、カフェでデセール(デザート)を出し始めたのだ。当時まだ珍しかったクレープシュゼットやスフレは地元の情報誌で取り上げられ、またも店に行列ができた。そして、それに比例するようにチョコレートの売り上げも伸びていった。
 そして1990年に先代が亡くなった後、店を継いだ隆さんは重大な決断をした。20年続けてきたカレーをやめることにしたのだ。売上の半分を占めているのに、と家族には大反対されたが、決意は変わらない。「カレーの有名なチョコレートの店」ではなく、父が目指した「チョコレート専門店」でありたかった。それに、一人でチョコレートやケーキ、焼き菓子、カレーと、全部手がけるのはもう限界だった。厨房にベッドを置いて寝泊まりするほど忙しさを極めていた。
 メニューからカレーが消えて1年間は、売り上げがなかなか上がらず、再び苦しい時期を過ごした。そんな隆さんを支えたのは、ショコラティエとして生きた父から引き継いだ強い意志だった。「もしつぶれたとしても、チョコレート専門店で終わろう」。
 今はもう、店にカフェはない。人気を博したデセールもない。その代わり、厳重に温度管理されたチョコレート専用のスペースができた。専門店としての飛躍は、あの時の決断が間違っていなかった何よりの証明だ。
 かつてのファンが今でも「あのカレーはおいしかった」「また食べたい」と口にするほど、心をつかんだ一品だった。隆さんも「私のソウルフード」と言い切るほど、思い出に残っている味だ。がしかし、今は作ることはできない。店の危機を救ってくれたカレー以上に、「チョコレートショップ」のチョコを楽しみにしているお客が待っているから。

この記事は「福岡グルメトリビア〜ン」(2020年・聞平堂刊)から転載させていただきました。
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