
10年前、大名の街は「元祖トマトラーメン三味」の電柱広告で埋め尽くされ、一種のジャック状態となっていた(現在もその光景を目にする人は多いだろう)。「トマトラーメンって何?」——それが、私にとっての三味との最初の出会いだった。
その後ご縁があり、取材で初めて訪れたのが、現在の「十日えびす店」がある場所。経営者である宮下将司氏(以下:宮下氏)に生い立ちから、トマトラーメンにかける情熱、さらには世間話に至るまで伺い、気づけば4時間以上という長尺の取材となった。
以来、今年8月にオープンした「照葉スパリゾート店」を含め、三味はこの10年間で9店舗を展開。まさに破竹の勢いで成長を遂げてきた。ただし、その道のりが決して順風満帆ではなかったことは、この連載を通して語られている通りである。
そんな宮下氏の発案により始動した、UMAGAライターによる全10回のリレーエッセイ企画。「創業10周年を10人のライターが綴る」というこの連載も、今回で最終回を迎える。素材や調理法へのこだわり、シェフの思想にフォーカスする通常のUMAGA取材とは一線を画す異例のコンテンツではあったが、多様な視点から「三味」という存在を深掘りすることで、従来とは異なる魅力を引き出すことができた規格外のこの連載は、作り手にとっても非常に刺激的で、楽しい取り組みとなったというのが個人的見解だ。

宮下氏は、自ら包丁を握る料理人ではない。
しかし、“安くて美味しく、ヘルシー”という三拍子揃った「トマトラーメン」を武器に、子どもから高齢者まで幅広い世代に愛される店を次々と展開。実際、今回訪れた「照葉スパリゾート店」も、ランチタイムには満席が続くほどの盛況ぶりだった。
加えて、「学割」「子育て応援カード」「地域割引」「福岡市グリーンボンドへの投資」などの社会貢献活動にも積極的に取り組み、その姿勢は経済界からも高く評価されている。先般逝去された茶道裏千家大宗匠・千玄室氏が掲げた「一椀(いちわん)からピースフルネスを」という精神になぞらえるならば、宮下氏は「一杯のラーメンで世界中の人を幸せにしたい」という想いを本気で抱き、「国連加盟国の子どもたちに、栄養価の高いトマトスープを届けたい」という夢を公言し、有言実行しようとしている。

その大きな志に共感し、彼のもとには若者たちが自然と集まってくる。現在、三味には200名以上のスタッフが在籍しており、この時代において人材確保に困っていないという事実は、特筆すべきことである。実際に、博多駅東店と照葉スパリゾート店の2店舗で店長を務める岡部幸翔さんに話を伺ったところ、こう語ってくれた。
「社長は決してネガティブなことを言いません。“良いことはスタッフのおかげ、悪いことはすべて自分の責任”というスタンスなんです。スタッフ同士も上下関係というより、横のつながりが強いので、働いているスタッフが“友達も一緒に働かせたい”と新しい仲間を紹介してくれることもよくあります」。
現在22歳の岡部さん。その落ち着いた物腰や、店内での細やかな気配り・目配りには、思わず感心させられた。

大志を掲げ、それを公言する背景には、経営者として数々の逆境を乗り越えてきた確かな実績がある。たとえば、コロナ禍では低価格デリバリーの実現やテイクアウトへの注力により売上を確保。また、ゴーストキッチンとの提携を通じて関東一円に40以上の拠点を展開するなど、柔軟かつ大胆な戦略で難局を切り開いてきた。
こうした成果の裏には、時代の流れを正確に読み取り、自らが納得するまで“徹底的に学ぶ”という姿勢がある。その知識と実行力は、まさに「ひとりマーケティング会社」「ひとり広告代理店」「ひとりコンサルティング会社」と呼べるほどだ。フォロワーの獲得やSEO・MEO対策もすべて自ら手がけ、その過程で培った知見やスキルによって、各分野のプロフェッショナルとも対等に議論・協働できるレベルに達している。机上の空論ではなく、自分の手で積み上げた“実践知”こそが、彼を突き動かす原動力なのだ。
それにしても、原材料高騰が続き、先の見えないインフレ時代において、どうしてこの価格設定が可能なのか――率直に尋ねてみた。返ってきたのは、思わず笑ってしまうような本音だった。
「そりゃもう、苦しいですよ(笑)。トマトは1.8倍、オリーブオイルなんて4倍ですよ。このインフレがいつまで続くのか、先が見えません」。
それでも「ラーメンは500円前後が自分の感覚」と語る宮下氏は、大きな値上げには慎重だ。「値上げは“楽な道”です。でも今は、それよりも“どうやってお客さんに来てもらうか”を大事にしたい。たとえば、1杯1000円なら月に1回かもしれないけど、390円なら週1で来てくれるかもしれないじゃないですか。いずれ限界は来るかもしれないけれど、今は値段を据え置いて踏ん張りたいと思っています」
実際、この価格設定は「未来への投資」とも言える。今やファストフードよりも手軽、しかも美味しいとあって、各店舗では中高生たちが放課後や週末に友人とラーメンを楽しむ姿が目立つ。とりわけ印象的だったのが「古賀店」での光景だ。まるで昔の駄菓子屋に集まるかのように、小学生の男の子4人がテーブルを囲み、楽しそうにトマトラーメンをすすっていた。
かつて博多の若者が「元祖長浜ラーメン」や「ふきや」に通い、大人になっても「たまに無性に食べたくなる」と通い続けたり、遠くに住んでいても「博多に帰ったら絶対食べたい」と語るように、今や三味のトマトラーメンもまた、次世代の“青春の味”として、子どもたちや若者の胃袋と記憶に、しっかりと刻まれつつある。


もちろん、子どもたちだけではなく、女性客が多いのも三味の強みだ。今回訪れた「照葉スパリゾート店」でも、近隣からと思われる女性たちが広々とした駐車場に車を停め、ランチを楽しんでいた。三味はスタッフも女性が圧倒的に多く、お客様への目配りが素晴らしい。無意識に二の腕をさすっただけで「寒くないですか?」と声をかけてくれる。店長・岡部さん曰く「できるだけお客様の顔を覚えて、ご挨拶するようにしています」とのこと。こうしたさりげなくも温かい接客が、女性客のハートを掴むのも納得できる。
この「照葉スパリゾート店」の出店にも、心温まるストーリーがあった。「縁のある場所に出店する」という宮下氏の信念は、これまでの連載でもたびたび紹介してきたが、今回もまさにその“縁”がきっかけだった。実は「照葉スパリゾート」の創業家が、もともと三味ラーメンのファンであり、家族でたびたび店舗を訪れていたという。そんなつながりから、8年前に一度、不動産会社を通じて出店のオファーがあった。
「当時は、ちょうどキャナルシティ博多のラーメンスタジアムへの出店準備を進めていた時期で、そのご縁には応えることができませんでした」と宮下氏は振り返る。それから年月が経ち、昨年、思いがけないところから話が再び動き出す。「照葉スパリゾートによく通っていた母が、“今、テナントが空いているみたいよ”と教えてくれたんです。以前、叶わなかった縁を、今度は母がつないでくれた。そう思って、今回の出店を決意しました」。
現在の「照葉スパリゾート店」には、駐車場側からの入口に加えて、スパリゾート施設内から直接アクセスできる入口もあり、風呂上がりのゲストたちが館内着のまま、ビールやラーメンを求めてふらりと立ち寄る光景が日常となっている。店内は広々としており、全体にリラックスしたムードが漂う。まさに、心も体もほぐれた“癒やしの一杯”を楽しめる空間となっている。


三味の快進撃はこの秋も続く。福岡県商工部観光局観光振興課からのオファーにより、10月11日(土)に北九州市で開催される「TGC KITAKYUSHU 2025 by TOKYO GIRLS COLLECTION」のケータリングを担当するほか、11月2日(日)に大阪で開催される、シングルマザーの女性としての美しさと母としての輝きを競うコンテスト「第5回シングルマザービューティーアワード」のスポンサーを勤め、宮下氏が優勝者にトロフィーを授与するそう。「私自身シングルマザーの環境で育ててもらい本大会に共感し少しでもお手伝いできたらと大会スポンサーをさせていただきました」。
今後も「三味」が常に新しいトピックスをもたらしてくれることは間違いないだろう。

この連載が規格外のものになったと文頭で私見を述べたが、それはまさに「三味」という存在、そしてその取り組みが、他の飲食店とは明らかに一線を画していたからに他ならない。宮下氏の流儀や哲学に触れ、この10年の歩みを深く知るなかで、私自身、「飲食店経営者とはこうあるべき」という無意識の思い込み――いわゆるアンコンシャスバイアスに気づかされることとなった。
「美味しい料理を通じて、人を幸せにしたい」という想いは、すべての飲食店に共通するものではないだろうか。当然、宮下氏もその想いを抱いているが、飲食業界出身ではないがゆえに、業界の“常識”に縛られることなく、自らの信じる道を一貫して歩んでいる。その姿勢は一見、異端に映るかもしれない。しかし、常識にとらわれなかったからこそ、誰にも真似できない独自のビジネスモデルを築き上げることができたのだ。
どれほど美味しい料理を提供していても、経営が立ち行かなければ、その店は長く続かない。味だけではなく、持続可能性をも見据えた経営。それこそが三味の真価。「異端」として片付けるのではなく、フラットな視点でこの取り組みを見つめ直してみると、そこには学ぶべきヒントがいくつも隠れていることに気づかされる。
「自分は、永遠のGiver(ギバー)でありたいと願っています。可能なかぎり私に近い人や関係する人に与え続けること(貢献すること)で、きっと社会から返ってくる。それを信じているんです」
そう語る宮下氏の言葉には、ぶれない信念と静かな情熱が込められていた。これから「三味」がどのような進化を遂げていくのか。その未来のストーリーにも、ますます期待が高まる。
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店舗名
元祖トマトラーメンと元祖豆乳ラーメン三味 照葉スパリゾート店(店舗写真)
ジャンル
- ラーメン
住所
福岡市東区香椎照葉5-2-15 照葉スパリゾート本店 1F
電話番号
営業時間
10:00〜23:00(10月上旬からは24時間営業)
定休日
なし
席数
- テーブル45席
個室
なし
メニュー
元祖トマトラーメン680円、〆のチーズリゾット300円、辛麺720円、〆の玉子入りリゾット300円、元祖豆乳ラーメン680円、チーズ餃子330円(写真上)、ぷりぷりえび餃子(写真上)330円、博多一口餃子330円、肉餃子330円、ウインナー10種盛り合わせ1,100円、豆乳ごま冷麺(写真)980円、韓国風トマト冷麺980円、生ビール550円、角ハイボール550円、ドリンクバー190円
喫煙について
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- ※「税別」という記載がない限り、文中の価格は税込です。
- ※掲載している料理は取材時のもので、季節や仕入れにより変更になる場合があります。
- ※OSはオーダーストップの略です。
- ※定休日の記載は、年末年始、お盆、祝日、連休などイレギュラーなものについては記載していません。定休日が祝日と重なる場合は変更になる場合があります。
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