40歳からのやんわり無化調【11】

天然煮干しの旨みをどこまでシンプルに引き出せるかに挑む。

公開日

ライター山田祐一郎

カメラマン山田祐一郎

福岡市・吉塚

煮干専門 あたふた

山田祐一郎

1978年福岡県生まれ。2012年8月、ウェブサイト「KIJI (キジ)」を設立し、同時に、日本で唯一(※本人調べ)のヌードルライターという肩書きで本格的に活動を開始。飲食関連の専門誌、情報誌、ウェブマガジンなどの原稿執筆に携わる。毎日新聞での麺コラム「つるつる道をゆく」をはじめ、連載多数。著書に「うどんのはなし 福岡」「ヌードルライター 秘蔵の一杯 福岡」。過去には麺検索アプリ「KIJI NOODLE SEARCH」もリリースする。「1日1麺」をモットーに、美味しい麺との出会いを求め、国内のみならず海外(台湾、タイ、イタリアなど)にも足を運んだ。日々食した麺の記録はWEBマガジン「その一杯が食べたくて。」に掲載中。2019年9月から福岡県宗像市の製麺所「山田製麺」の代表も務める。
http://ii-kiji.com/
https://www.instagram.com/from_kiji/

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改善速度を上げてきたからこそ研ぎ澄まされていった「あたふた」の味

無化調麺をぼくなりのペースで追い求めていく本コラム[40歳からのやんわり無化調]。前回は、福岡市早良区西新にある西新 あっちゃん亭を紹介した。

今回、訪れたのが2023年10月に開業した「煮干専門 あたふた」。屋号が表すように、ここは煮干しスープのラーメンに特化した専門店だ。店は県庁がある吉塚エリアの、並木通り沿い。「住んでいたのがずっとこの辺りなんですよ。この並木通りの感じが好きで、いつかテナントが空かないかなと狙っていたんです。ちょうど独立のタイミングで物件が空いて募集がかかったので申し込みました」と店主・三浦祐葵さんは教えてくれた。思い描く理想の場所。この地で三浦さんはどんなラーメンづくりを続けているのだろうか。

豚骨ラーメンのメッカ・福岡でも、近年、存在感を増している煮干しスープのラーメン。ぼくなりに何軒かで食べてきたが、「あたふた」の煮干しラーメンは、そのどことも違う。運ばれた丼から立ち上る香りは確かに煮干しのフレーバーを帯びているのに、スープの第一印象は甘やか。なんとなく、煮干しスープといえば独特のえぐみを感じるという先入観があったので、頭の中に疑問符が浮かぶ。ところが、だ。レンゲでスープを口に運ぶたびに、どんどん煮干しの風味が膨らんでいく。尻上がりに調子があがるスロースターターなのか。一杯を通して、味わいに抑揚があり、最後まで飽きることがない。

「スープにおける味の重ね方ですかね」と三浦さんは言う。補足すると、スープと出汁は違う。スープは、出汁に塩や醤油といった調味料、香味油で味を調えたものだ。豚骨スープの場合、豚骨でとった出汁に、醤油ダレを加えたものが豚骨スープとなる。「出汁自体は煮干しだけで引いているんですが、それだけでは味が単調になってしまうんです。ラーメンらしいインパクトを出すため、香味油のほうに動物系の旨みを足しています」と続けた。

ぼくが最初に「甘やか」だと感じたのは、豚の旨みによるものだったようだ。香味油とスープ(つまり煮干しの出汁)では後者のほうが量的にも多いため、食べ進めていくうちに、段々と出汁の比率が丼内で高まっていくことになる。徐々に強く表出してくるのは煮干しの存在感。最終的には煮干しの豊かな旨みで口中が満たされた。重層的に仕上げられた一杯だからこそ、一杯のラーメンの中に起承転結が生まれる。緻密な計算のなせる技だ。

元々、ラーメン好きではあったが、三浦さん自身、ラーメン店を開くことが人生の目標ではなかったのだという。ただ、色々なご縁、タイミングが重なり、自然とラーメンの世界に近づいていった。
「この店を始める直前まで働いていたのはラーメン店ではあったんですが、ラーメン店として独立したいという明確なビジョンがあったわけではないんですよね。ただ、以前からここに店を出せたら良いだろうなという物件が空き、いざ店を出すということになって、実際にここで自分に何ができるか考えた時、やっぱりラーメンだったんです」

三浦さんが影響を受けた人物として、故・佐野実さんの名前が挙がった。ラーメン好きならずとも、一度はその名を聞いたことがあるであろう、ラーメン職人であり、名店「支那そばや」の創業者だ。全国を駆け巡り、産地、生産者を訪ねて自身の思い描く最高の一杯を表現した。その妥協なき姿から“ラーメンの鬼”とも称された人物である。
三浦さんからは直接、佐野さんを目指しているという言葉を聞いたわけではないが、ラーメンづくりにおける方向性において、静かに、ただ、大きく影響を受けたのだろうと感じた。それは、三浦さんのラーメンづくりがそういうマインドのもとでなされているからだ。

「あたふた」を開業するにあたって三浦さんが心に留めたのが、自分らしいラーメンを作ること。それはどこかで食べたようなラーメンでもなければ、誰かの何かに似ているラーメンでもない。他では食べられないオリジナリティである。そして、そこに一つ付け加えと、それでいて突飛ではない一杯。個性的ではあるが、万人に刺さる味―――相反するラーメンに、三浦さんは理想の基準を定めた。

最初に決めたのが出汁の原材料。煮干し一本でいこうと意思を固める。そして、うま味調味料の類を使わないことも、開業当初から貫いてきた。なぜその考えに至ったのか。それはきっと、三浦さん自身がラーメンという料理と真っ直ぐに向き合っているからに他ならない。「支那そばや」佐野さんのラーメンにおいても、うま味調味料に頼ることなく、天然の食材がもたらす旨みや風味によって、その味づくりがなされてきた。その姿が三浦さんの頭に焼き付いているのだろう。

「煮干し自体のポテンシャルを信じている、ということでもあるんです。こんなにすばらしい出汁がとれる食材なので、その天然の旨みを、どこまでシンプルに引き出せるか。そういうことに挑んでいます。大変ではあるんですが、これが楽しいんですよ」

そんな煮干しへの思いは、レギュラーメニューだけでなく、スポットで提供される限定麺にも目一杯、込められている。「やるからには、遠方からでも、わざわざ食べに来てもらえるような、見た目にも、味にも、他では食べられないようなメニューを出すようにしています。特に夏の冷やし系は一年で最も反響の大きい名物になりました」

店内に無化調を謳う告知も、それどころか原材料の産地などの掲示も一切しない。三浦さんは「自分がやりたくてやっているだけですから」と笑顔を見せた。

開業当初はなんと8種もの煮干しを使って出汁を引いていたそうだが、今現在、3種にまで減らした。

「煮干しは天然ものなので、その状態、品質が一定ではないんです。例えば今年、絶好調の産地であっても、翌年はわからない。逆にイマイチだった産地の煮干しが、次の入荷時には見違えるようになっていることも珍しくありません」

そうなってくると、例えば煮干しA、煮干しB、煮干しCの分量を等分にして出汁を引いていたとしても、煮干しの状態によってはA6割、B2割、C2割といったように割合を変える必要が出てくる。3種で例に挙げてみたが、8種だったらどうだろう。当然ながら、その割合の調整は困難を極めてくる。三浦さんが求める一定の水準をクリアするにあたり、要素が増えるほどに、原因の究明と改善がしにくくなるのだ。減らすことで、浮かび上がる問題点。その改善速度を上げてきたからこそ、「あたふた」のラーメンは研ぎ澄まされているのだと感じた。

「例えば同じ品種のカタクチイワシであっても、日本海側で水揚げされたものと、太平洋側で水揚げされたものでは風味が違うんですよね。店で保管している間にも煮干しは状態が変化していきますし。あとは、最高の煮干しだけを使っていても、おいしいラーメンスープにはならないんです。上品すぎると、どんどん蕎麦やうどんのつゆのようになってしまいますから。脂の乗ったもの、えぐみのあるもの、サイズの大小、それぞれの煮干しの個性や特徴を見極めた上で、バランスよく使うのが出汁をとる際の勘所です。オープンから2年やってみて、今は3種くらいで良いなと思っています」

煮干しの状態をしっかり把握したところで、もう一つ、ハードルが待っている。それらをどう煮出していくか。煮干し出汁を引く上で、温度管理は特にシビアで、5分長く火入れをしただけで、わずかに温度が5℃上がっただけで、その旨みが損なわれてしまうため、一瞬も気が抜けない。

「あとは仕込みの段階はもちろん、調理中の温度調整も神経をつかいますね。透明な清湯スープは白濁系のスープと違って、温度が上がりやすいので。熱すぎる状態で丼に注いでしまうと、醤油の風味が飛んでしまうんですよ」

合わせる調味料についても天然醸造の濃口醤油、淡口醤油を選び、特に後者については火入れしない生醤油を特注している。せっかく吟味した選りすぐりの醤油においても、その味わいを最大限に活かしたい。だからこそ、スープを丼に注ぐ瞬間にも気は抜けない。

「醤油をはじめ、ネギや麺に使ってもらっている小麦粉についても福岡産を厳選しています。福岡ならではの味を届けるということ、それはここでしか食べられないラーメンに欠かせない大切なポイントだと思っているので」

2025年10月で開業から丸2年が経った。今後のことを聞くと、「店舗展開は考えていないですね。この場所が気に入ってスタートしたということもあるので、ここでできることを続けていきたいんです。時間帯によって提供するラーメンが違うような、24時間営業の店、できたら良いなと思っています」と返す三浦さん。その表情はどこまでも晴れやかだった。

店舗名

煮干専門 あたふた(店舗写真

ジャンル

  • ラーメン

住所

福岡県福岡市博多区千代4丁目29−51 河野ビル

電話番号

なし

営業時間

11:00〜15:30

定休日

日曜、ほか不定休あり

席数

  • カウンター8席

個室

なし

メニュー

醤油そば980円、醤油そば味玉入り1,100円、特製醤油そば1290円、魚介まぜそば1080円、魚介まぜそば味玉入り1200円、特製魚介まぜそば1390円、つけ玉子120円、辛味90円

喫煙について

禁煙
  • ※この記事は公開時点の情報ですので、その後変更になっている場合があります。
  • ※「税別」という記載がない限り、文中の価格は税込です。
  • ※掲載している料理は取材時のもので、季節や仕入れにより変更になる場合があります。
  • ※OSはオーダーストップの略です。
  • ※定休日の記載は、年末年始、お盆、祝日、連休などイレギュラーなものについては記載していません。定休日が祝日と重なる場合は変更になる場合があります。

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