福岡の至宝と呼びたい老舗飲食店【5】

昭和30年代から続く、真っ黒い出汁の関東風おでん屋

公開日

最終更新日

ライター江月義憲

カメラマン江月義憲

西中洲

名代おでん 安兵衛

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初めて行ったのは、20年ほど前だろうか。当時の仕事先の先輩に連れていってもらったのだが、すでに西中洲の老舗として知られていて、若輩者としてはただただ緊張したことしか憶えていない。おでん屋ながらも、どこか格式を感じさせる店だった。それ以降も何となく敷居の高さを感じてついぞ足を向けることがなかったのだが、自分もそろそろいい歳だ。梅雨が明けて間もないまだ日の高い開店時刻、およそ20年ぶりに紫紺の暖簾をくぐった。

安兵衛メニュー

真夏日の夕刻に、「暑い時期に熱いものを食べるのは身体にいいといわれますが、実際に来る人はそうそういないんですよ」と笑う店主の小笠原亮介さん。おかげでカウンターに設えられたおでん鍋前の特等席に座り、ゆっくりと話を聞くことができた。

西中洲に開店して60年になる「名代おでん 安兵衛」だが、そのルーツは小笠原さんの両親が戦前の中国・大連で営んでいた酒場「安兵衛」まで遡るという。日本が戦争に負けて家族で引き揚げて来たのが小学校に入る前の年。小中学校時代を横須賀で過ごした後、縁があって家族で博多に移住した。両親は再び箱崎で酒場を開き、昭和36年(1961年)に小笠原さんと4人の姉妹でおでん屋を開店した。

安兵衛大将

創業当時の西中洲の様子を聞くと、「同じ通りに『河庄』さんがあって、『藤よし』さんがうちの数週間前に開店したばかりでした。その他に小料理屋、料亭、旅館が何軒かあり、うちの目の前が『みつばち』でした」と、懐かしそうに語ってくれた。「クラブ みつばち」といえば西中洲にあった伝説的な高級クラブで、福博の名士といわず、全国から各界の著名人や政財界の大物が訪れていた店だ。当時の西中洲の隆盛を知る人は少なく、街の変遷を眺めながら60年以上の長きにわたって今日まで営業を続けている。

安兵衛突き出し

カウンターで話を聞きながら、まず出てきたのが突き出しの「大根の田楽」。出汁であっさりと炊いた大根がまとっているのは鯛味噌で、「残った味噌はおでんに付けてどうぞ」とすすめてくれた。
美味しそうな湯気をたてる銅製のおでん鍋に張られた出汁は真っ黒で、鰹節と昆布に濃口醤油を合わせた関東風。60年間毎日注ぎ足しながら、常に一定の味を保ち続けている。その秘訣は閉店後の後始末にあるといい、残ったおでんダネと出汁を別々の容器に移し、常温まで冷めるのを待ってから冷蔵庫で保管。その間に銅製の鍋をピカピカになるまで磨き上げ、後片付けが終わるのは毎晩深夜になる。銅鍋はかなりの厚みがあるが徐々に摩耗が進み、12、3年ほどで穴が開くというから驚きだ。

安兵衛おでん

まず二大名物ともいえる大根(200円)と玉子(300円)から注文すると、食べやすい大きさにカットして出汁を注ぎ、練り辛子を添えてくれる。米のとぎ汁で下茹でしてからさらに2日間煮込んだ大根は中まで真っ黒い出汁が染みているが、見た目ほど塩っぱくはなく、むしろあっさりとした塩梅だ。醤油の香りで食べるともいうべきか。
殻付きのまま5日間も煮込んだ玉子は、鍋から出した時にはまるで台湾料理のピータンのような色合い。殻をむいた白身にはスッと箸が通るほどほど柔らかく、黄身までじんわりと出汁の味が染み込んでいた。

安兵衛おでん2

次はおまかせで注文すると、アスパラ、こんにゃく、糸こん、きんちゃく、厚揚げ(各200〜300円)を選んでくれた。タネに合わせて下茹での具合、出汁に浸す時間を変えているので、それぞれが絶妙の味加減。先ほどの鯛味噌を付けながら食べれば、さらに味の変化が楽しめる。

おでんの種類は創業時からほとんど変わらず、定番は15種類ほど。「最初は1つ40円からでしたね。親父が箱崎に酒場を出した時、学生さんの町だから高くて申し訳ないといっておでんは出さなかったんですよ。それで私が西中洲でおでん屋をすることになったんです」。当時ラーメン1杯が50円するかしないという頃で、それと比較すると現在のおでん200円という値段はそれほど上がってないといえる。〆のご飯ものとして、関東のおでん屋では定番という緑茶と日本酒を加えて炊いた「茶めし」(800円)もある。

安兵衛暖簾

一通りおでんを食べた後、以前から気になっていた暖簾に記された「呑足味知」の意味を尋ねた。「親父の代にとある和尚から授けられた禅語で、呑み足りて味を知る(のみたりてあじをしる)と読みます」。大将から聞いた話を大雑把に意訳すると、「世の中のことを理解して、はじめて真味を知ることできる」ということか。
酒呑みとしてまだまだ未熟な自分も、いつかそんな境地に達することができるだろうか。そんな思いを抱きながら、「安兵衛」の暖簾を後にした。

安兵衛店内

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店舗名

名代おでん 安兵衛

ジャンル

  • 日本料理
  • 居酒屋

住所

福岡市中央区西中洲2-17

電話番号

092-741-9295

営業時間

18:00〜23:00

定休日

なし

席数

  • カウンター7席
  • テーブル13席

メニュー

大根200円、厚揚げ200円、コンニャク200円、玉子300円、糸こん300円、アスパラ300円、きんちゃく300円、茶めし800円

  • ※この記事は公開時点の情報ですので、その後変更になっている場合があります。
  • ※「税別」という記載がない限り、文中の価格は税込です。
  • ※掲載している料理は取材時のもので、季節や仕入れにより変更になる場合があります。
  • ※OSはオーダーストップの略です。
  • ※定休日の記載は、年末年始、お盆、祝日、連休などイレギュラーなものについては記載していません。定休日が祝日と重なる場合は変更になる場合があります。
  • ※編集部の都合により撮影時にマスクをはずしていただいたり、アクリル板をはずしていただいて撮影している場合があります。
  • ※掲載しているメニュー内容、営業時間や定休日等はコロナ禍ではない通常営業時のものですので、おでかけの際にはSNSや電話でご確認ください。

記事に関する諸注意

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