ミシュラン一つ星店、熊本より来たる。福岡イタリアンに新たな風！

熊本の星付きイタリア料理店「IL CASINO(イル・カジーノ)」が福岡に進出するらしい──という噂を聞いてから、ずっと気になっていた店がベールを脱ぎました。それが昨年、オーナーシェフの別城健太郎さんが構えた「bekki」です。

入口はやや見つけにくい、警固のマンション脇の通路奥にあります。ほの暗く秘めやかな雰囲気は隠れ家めいて少しドキドキ。そのドアの向こうには、清潔感のある客席が広がっていました。イチョウのカウンターと白壁が構成する、温かくも凛とした空間です。

ガラス越しに眺める端正な中庭は、東京の植栽プロ集団「SOLSO」に癒しの景観を演出してもらったそう。ほかにも福井県・龍泉刃物のカトラリーや、九州の陶芸家・木工作家に依頼した器など、つい愛でたくなる世界観が隅々に見受けられました。

別城さんはフレンチからキャリアを始めた45歳のシェフです。「麺料理が好きで、ふとパスタを極めてみようと思ったのが転身の契機」だそうで、それが現在に繋がるわけですからファンには“幸運な気まぐれ”ですよね。

イタリアに１年滞在後、東京のレストランで料理長を歴任し、39歳のとき帰郷した熊本で「IL CASINO」をオープン。この店は本格イタリアンに飢えていた地元の美食家たちを歓喜させ、ほどなくミシュラン一つ星にも輝きました。九州のイタリアンはほとんど星を獲れていないので、これは本当に快挙だと思います。

そんな気鋭のシェフの新店「bekki」では、16,500円のコースで夢心地の時間が紡がれます。これはその一例で、イシガキダイのカツレツ。さっくり揚がった白身に添えた、レモンソースの鮮烈な酸味が忘れ難い爽快感をもたらします。その印象にリッチさを加える生ハム、チーズ、ニンジンの新芽にも取り合わせの妙を感じました。

入手困難な近江牛のランプは、コンソメでしゃぶしゃぶした後、新ゴボウのピューレを巻いたものです。極上の肉質と甘みのコラボは、言葉を失うほど艶のある美味しさ。山椒と木の芽のオイルもしゃぶしゃぶという技法とマッチして、親しみある味わいを醸します。「あくまで日本人にとって美味しいイタリアンを目指す」という、別城さんの方向性がうかがえる一品でした。

唐津産アワビのパスタも筆舌に尽くせぬ佳品です。アワビと鶏の出汁を真空状態で６時間湯煎し、煮汁をミキサーにかけて作った濃厚なソースはまさしく陶酔の一言！　しかも手打ちパスタの食感が絶妙で、思わず種明かしを迫ると「微粒子状に粉砕した特別なセモリナ粉のおかげです」との答え。「この粉で打ったパスタは香りも歯切れも段違いなんですよ」。

ユニークさで言えば、希少な富山の貴醸酒が付くゴルゴンゾーラのアイスクリームも譲りません。両者を口に含むと異なる甘みが膨らんで、豊かなハーモニーを奏でます。「再訪されたお客様には同じ料理を出さない主義ですが、これだけは違います」と別城さん。ミシュラン調査員も称賛したという定番デザートなのだそう。

高級素材が満載の料理はどれも贅と創意に満ち、しかも“引き算の美学”による芯の通ったうまさがありました。「bekki」が今後、グルマンの熱視線を集めるのは間違いなさそうです。この新星が福岡イタリアン界にどんな風を吹き込むのか、楽しみになってきました。

厳しいコロナ禍にオープンした期待度大のレストラン
第1回　Restaurant SNOW（スノゥ）
第3回　Piatto mitsu（ピアット・ミツ）
第4回　嗣味（つぐみ）
第5回　いでの上料理店