福岡の至宝と呼びたい老舗飲食店【1】

福岡にフランス料理の文化を広めた創業54年のビストロ

公開日

ライター江月義憲

カメラマン江月義憲

舞鶴

仏蘭西家庭料理 花むら

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エスカルゴの缶詰を見た客が、「これは何ね?」と尋ねてきた。「エスカルゴです」と答えると、「日本語で何ていうと?」とさらに聞いてくる。「でんでん虫です」と言うと、「あんたのところは変なもん食べさせるんやねぇ」と顔をしかめたという。
時は1968年(昭和43年)。東京オリンピックは開かれたが、万国博覧会はまだ先の話。今でこそ笑い話だが、当時の福岡にフランス料理とは何たるかを知る人はほとんどいなかった。
そんな昔話を懐かしそうに語ってくれたのは「仏蘭西家庭料理 花むら」オーナーシェフの浅香直哉さん。福岡で初めてビストロスタイルのフランス料理店を開店して、今年で54年。御年79歳になるが、今も現役バリバリのフレンチシェフだ。

花むら

浅香さんが初めてフランス料理の門を叩いたのは、高校を卒業した18歳の時。当時、祗園町にあった「博多帝国ホテル」に入社し、鍋洗いからスタートした。その後、東京の「赤坂プリンスホテル」を経て「熊本キャッスルホテル」に移ってフランス料理を学んでいたが、ある疑問を持つようになる。「自分たちが作っている料理は、本物のフランス料理なのか?」。本物のフランス料理を知るためには外国で本物のシェフに学ぶしかないと、知人のツテを辿って単身カナダに渡ったのは23歳の時だった。

最初に入ったレストランは酷い待遇だったが幸運もあってチャンスを掴み、カナダで最高級といわれる「ロイヤルヨークホテル」で2年半働くことになる。その後、フランスを経てヨーロッパ各地を放浪した後、マルセイユから貨客船に乗って日本に帰国。その間のエピソードだけでも一篇の短編小説が書けそうなほどだが、兎にも角にも福岡に戻って最初の店「シャンブル」を平尾にオープンしたのが25歳の時だ。それから5回の移転を繰り替えし、店名を現在の「花むら」に変更して、創業から半世紀を超えた。

花むら
花むら

そんな浅香さんの料理を久しぶりに食べたくなり、舞鶴の店を訪れた。狭い路地に面したクラシカルなマンションの1階には飲食店が並び、大きな木々に囲まれた鋪道の突き当たりに「花むら」はある。笑顔で迎えてくれた浅香さんによると、「一番奥で店の前を人が通らない立地も気に入ってここに決めました」と移転してから、すでに40年近くになる。当初「フランスの田舎にある馬小屋をイメージした」という木の梁を生かした店内は程よくエイジングが進み、窓から前庭の緑を眺めているとまるで一軒家にいるような居心地の良さだ。

メニューには懐かしさを感じさせてくれる料理が並んでいるが、そのレシピは常に進化している。浅香さん自身が向上心を持ち続けていることはもちろんだが、九州の生産者の努力によって食材の質が向上したこともあるという。例えば、名物料理のひとつ「オニオングラタンスープ」には、以前は淡路島産の玉ネギしか使っていなかった。「最近は白石(佐賀)の玉ネギが良いので、そっちを使っています」と、地元・九州産の野菜を使うことが多いという。

ここに来たら食べずにいられないのは、かつて客から「気持ち悪い」といわれた「エスカルゴの殻焼き」(1,800円)だ。開業当時九州では缶詰が手に入らず、東京や神戸まで出向いて買い付けていたという。今では簡単に仕入れることができるが、殻に詰めてガーリックバターで香ばしく焼き上げるスタイルは変わらない。「最近は殻付きで出す店が珍しいので、子どもたちがビックリして喜んでくれます」と目を細める。まさに、温故知新。こうして、フランス料理の文化を福岡に根づかせてきた第一人者だ。

こちらも変わらない一皿の「田舎風パテ」(1,350円)。豚のミンチにレバーを混ぜ合わせ、ワインとブランデーで香りづけをし、彩りの枝豆がアクセント。「本当はピスタチオを使いたいけど、高いでしょうが」と笑うが、できるだけリーズナブルな価格で提供するための工夫も大事なポイントだ。素朴な味付けに、浅香さんの料理の懐の深さが感じられた。

花むら

そして最後は、メイン料理の「牛ほほ肉の赤ワイン煮込み」(3,000円)。今回はアラカルトで注文したが、前菜・スープ・メイン・デザート・パン・コーヒー付きというプリフィクスのディナーコースは4,500円。ここで紹介した3品ともに追加料金なしで食べられるコストパフォーマンスも素晴らしい。
浅香さんが料理人を志した60年前には一部の高級ホテルでしか食べることのできなかったフランス料理を、街場のシェフとして半世紀以上かけて誰でも手軽に食べられる料理として広めてきた功績は図り知れない。

レストランの営業以外にも週1回のペースで料理塾を開催し、休みをとって東京の若手シェフの店を視察するなど、今も精力的に活動する浅香さん。その旺盛な好奇心と行動力が続く限り、我々の舌を愉しませてくれることを願っている。

花むら

店舗名

仏蘭西家庭料理 花むら

ジャンル

  • フランス料理

住所

福岡市中央区舞鶴1−3−31 ハイラーク舞鶴

電話番号

092-714-5273

営業時間

18:00〜22:00

定休日

日曜

席数

  • カウンター8席
  • テーブル20席

個室

なし

メニュー

ディナーコース4,500円〜、田舎風パテ1,350円、キッシュ1,350円、鰯のサラダ1,350円、エスカルゴの殻焼き1,800円、スパニッシュオムレツ1,000円、牛ほほ肉の赤ワイン煮込み3,000円

  • ※この記事は公開時点の情報ですので、その後変更になっている場合があります。
  • ※「税別」という記載がない限り、文中の価格は税込です。
  • ※掲載している料理は取材時のもので、季節や仕入れにより変更になる場合があります。
  • ※OSはオーダーストップの略です。
  • ※定休日の記載は、年末年始、お盆、祝日、連休などイレギュラーなものについては記載していません。定休日が祝日と重なる場合は変更になる場合があります。
  • ※編集部の都合により撮影時にマスクをはずしていただいたり、アクリル板をはずしていただいて撮影している場合があります。
  • ※掲載しているメニュー内容、営業時間や定休日等はコロナ禍ではない通常営業時のものですので、おでかけの際にはSNSや電話でご確認ください。

記事に関する諸注意

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